穏やかな日差しが降り注ぐ昼下がり。時おり聞こえる小鳥のさえずりだけが、人気のない街並みに響く。
そんな街中の木陰に佇む簡素な屋敷で、僕は手紙に筆を走らせていた。何も装飾はないがインクの滲みにくい良質な紙の上に、次々と文字が刻まれていく。
簡単な挨拶、自己紹介、本題。相手は忙しいはずだから、できる限り簡潔に。
ひと段落ついたところで僕は手を止めて、ふと、窓を見やった。
……この国が隣国の貴族の手に渡ってから、早4年が経っただろうか。この街で暮らしていたころはまだ自分も幼かったが、昼間は今みたいなお茶の時間になっても人通りの多い賑やかな国だった。
港町には絶えず異国の船が訪れ、すぐ横の商店街は古今東西ありとあらゆる露店が並び、そこに運ばれる世界各国の食材や衣服で、常に表情を変化させる。少し山頂の方に向かえば、伝統的なレンガ造りの建物が並びはじめ、身寄りのない子供たちのための王国孤児院が現れる。そして山頂に位置する王国城は、裏の森から流れる川の水を周りにたたえ、国民の憩いの場として談笑がこだまする。まさに平和の象徴。
その全てを奪っていったのが、山向こうにある隣国の貴族。この国を新たに帝国と名付け、反抗する者を牢に閉じ込め、過酷な労働を強いたと聞いている。
家を出る時に置いてきた妹も、あの牢獄にいるのだろうか。
今はもう僕1人しか住んでいない屋敷で、記憶の中の面影に思いを馳せる。
そんな僕をよそに、窓の外では小鳥がさえずり木々を飛び回っていた。
この街の静けさは、帝国の王への恐怖。
そして、夜に現れる救世主への、ささやかな応援だ。
「……うん、まあこんなものかな」
手を止めていた手紙に締めのひとことを添え、半分に折りたたみ、窓際のテーブルに置いた。
──奪われたものしか奪い返さない、正義の反逆者。怪盗A。
窓際に依頼の手紙を置いておくと、怪盗の元へ翠の鳥が運んでくれるんだって。
4年前突然現れた、正体不明の怪盗。帝国になった際に街の財産を奪う形でかき集め保身に走った貴族から、財物を奪い返し、街の人たちに配り歩いたという逸話が残っている。
その存在から、いつか奪われたこの国を奪い返してくれるだろうと、街の人は噂するようになった。
その為に僕らはこうやって静かに、大人しく過ごす。そうすれば帝国はこちらに監視の目を向けない。
僕らの身は、僕らで守る。だから僕らには構わくていい。
敵を見据えて、戦って。
「あ」
ふいに書き忘れを思い出し、閉じた手紙をもう一度開く。
締めの言葉の下に、追伸、と付け足した。
『貴方に頼みがあるんだ』
もうすぐ夕日が沈む。