朝を告げる鐘が鳴った。そっと目を開けると、窓の外に琉璃色の空が見える。まだ太陽は出ていないらしい。寝不足でズキズキする頭を抑えながら、オレはゆっくり体を起こす。
「リュウ、大丈夫か?」
俯いたままの顔を覗き込むように、オレより早起きなショウが話しかけてきた。薄暗い部屋の中でも、彼の目の下にある隈がはっきりと視認できる。
「ん、オレは大丈夫。……エンは?」
「……相変わらず寝たまんまだ。元々エンは体が弱いから、こんなのに耐えれる訳がないんだよ……」
ショウの目線の先には、簡素な布の上で死んだように眠り続けるエンが見えた。三日前急に倒れてからずっと、彼は目を覚ましていない。
「せめてもっと設備が整っていればいいんだけどなあ……」
「そんなこと言っても何も変わんねぇよ。ショウだって自分で言ってたじゃんか」
「そりゃ分かっちゃいるけどさあ……」
ガチャリ。
突然背後の入り口から音が鳴った。
2人の体が強ばり、背筋を冷たい物が走り抜ける。
反射的に息を止め、音の続きを待つ。
そろそろ2週間は経つけれど、まだこの瞬間には慣れないな。
諦めに近いものを感じながらも、オレたちは入り口の方を振り返れない。
そんなオレたちの様子など全く気にせず無遠慮に入ってきた男は、まだ寝起きのオレたちを見るやいなや、苛立たしげに口を開いた。
「もう鐘が鳴ったのが聞こえなかったのか?仕事の時間だ。早く出ろ」
男は固いパンを投げ寄越すと、甲冑をガチャガチャ鳴らして牢を後にする。
オレとショウは止めていた息を一気に吐き出し、お互い顔を見合わせ、力なく笑った。
ここは帝国直属強制収容所。
オレたちの、今の居場所だ。
ーーー
「今日はユウ来ねぇなあ……」
王国孤児院の窓からだらしなく腕を垂らし、ここ最近降り積もった雪を、ショウは眺めていた。
空は既に赤く染まり始めていて、おやつを食べていない彼のお腹がさっきからずっと鳴り続けている。
「ユウだって用事くらいあるだろ」
オレは一言それだけ言って、ショウの隣に並ぶ。
目線の先、赤い空の奥には、太陽に染まりきってない暗い雲が見えた。きっと今夜は大雪だ。
「そうは言ったってさあ、こんだけ毎日来てたのに急に来なくなるなんて……絶対なんかあったんだよ!」
「なあショウ、それはユウが何日も来なくなってから言うやつだぜ?」
「俺の中ではもう何日も来てねえんだよー!」
ショウは子供のように駄々をこねまくる。彼はオレと同じ13歳で、孤児院で働く身としては最年少。だから、この振る舞いが年相応なのかもしれない。むしろ彼もオレたち子ども側のような気がしなくも。
オレにはまだそんな我が儘を言えるような余裕が無いから、ちょっと羨ましい。
「とは言っても、もうショウだって薄々わかってるんだろ?ユウが来ないの」
「うう〜……」
いじわるをするつもりは無いのだが、オレがそう言うと、彼は唸ってそのまま黙り込んでしまった。
「……もう2年くらいは経つけど、俺まだ信じられねえよ」
「オレだってまだ信じれてないさ」
ショウの言葉にそれだけ答えると、オレも彼にならって窓に身を預け空を眺めた。
「「まさかユウがこの国の姫様だったなんてなあ……」」
意図せず2人の声が重なり、お互いに顔を見合わせ、思わず吹き出す。
オレがある日森の中で出会った少女。孤児院へ通い始めて間もなくファイとキバの心を開いてみせた彼女は、国王ユーグレナフと王妃エステラの間に生まれた第1子、ユエステラ・レッドフォードだった。
そのことが発覚したのは、彼女が10歳のとき行われた王位継承者披露宴。そしてこの国の王女として国民から祝福された日を境に、彼女が来る回数はめっきりと減ってしまった。
それでも最近は隙を見つけて毎日来てくれていたので、昔と同じような感覚でいたのだ。
「いきなり王族だって言われても、あんまりユウってお姫様な感じしないし……なあ?」
「うーんまあ……ていうかショウ、それユウに話したら怒られるぞ」
「はは、そうだな」
ショウが笑うと、バタンという音と共に、冷たい風が扉の方から吹き込んできた。窓を開けているから、よく風が吹き抜けていく。
「あ、エン!おかえりー」
ショウの声につられて振り返ると、そこには息を切らしたエンが立っていた。だいぶ走ったのだろう、何も口が聞けないくらい肩で息をしている。
「大丈夫か?エン。体弱いんだから、無理しちゃだめだろ」
ショウはそう言いながら、慣れた手つきでエンの体を左側から支えた。オレにも反対側を支えるよう促す。
小柄な体型であることを嘆きつつ体の右側をどうにか支えたころ、エンはようやく声を発した。
「……だッ……」
「「だ?」」
まだ息は整っていない。オレたちは同時に聞き返した。
「はやく……みんなっ……安全な場所……ッ!」
「待って、落ち着いてよエン。何があったの?」
なんだか様子がおかしい。
オレは急に怖くなってきて、震えた声で問いかけた。
「……ッ、隣の国の貴族がっ………この国を、侵略、してきたって……!」
「侵略……!?」
「なんだよそれ!聞いてないぞ!」
「そりゃ……事前に連絡してから……攻め込んでくるやつはいないよ……」
エンはこんな時でもショウへのツッコミを忘れない。でも突然発された物騒な言葉に、オレたちは顔を見合わせる。武力を持たないこの国は、敵襲など受けたらひとたまりもない。
「今国王を捕らえたから、これから順次国を回って手当り次第牢屋に入れていくって……だから早く、皆を安全な場所へ!」
今まで見たこともない、エンの険しい顔。
事態を把握したオレたちは、急いで皆が遊んでいる部屋へ走った。
「皆!」
まずはオレが勢いよく飛び込む。
「あ、リュウ。おかえ、り!」
最近よく笑うようになったキバが一番早く反応した。
「換気は終わったのか?」
無愛想は相変わらずのファイが、キバの隣にやってくる。
「皆、落ち着いて聞いてくれ。もうすぐここにへいモガッ!」
とにかく早く事態を伝えねばと開いた口を、思いきり塞がれた。何するんだ、と言おうとした瞬間、ショウは大きく息を吸って、
「よっし!まだあっちは換気してるから、皆でかくれんぼするぞー!」
かくれんぼ大会を宣言した。
おー!というショウの掛け声に続き、皆もおー!と叫ぶ。オレは何がなんだか分からず、ただ目をぱちくりとさせるしかない。
「オニは俺がやるからなー!場所狭いし、皆はできる限り物が多い部屋で隠れた方がいいかもなー!」
そんなオレをよそに、突如始まったかくれんぼ大会は着々と進んでいく。
気付いたらもう、この部屋にはオニのショウと、オレしか居なかった。
「ほら、リュウもはやく隠れないと早速捕まっちまうぞ?」
ショウは笑いながらも、回数をカウントダウンし始めた。
さーんじゅ、にーじゅきゅ、にーじゅはち。
「いや、なんで今かくれんぼなんだよ!遊んでる暇ないだろ!?」
にーじゅに、にーじゅいち、にーじゅう。
カウントダウンが進むほど、オレの焦燥感は加速する。
というか、普通にファイもこの大会に参加してるんだな。意外だ。
じゅーう、きゅーう、はーち、なーな。
いつの間にか、もう残り10秒を切っていた。
奥の方での音もだいぶ止んでいる。
さーん、にーい、いーち。
「もーいーかーい!」
「……まーだーだよー」
仕方なく、諦めたようにオレも返事した。
「だから言っただろー?はやく隠れろって」
ショウは相変わらず、楽しそうに笑いかけてくる。
なぜ、今そんなに笑えるんだ。今から、敵が攻め込んでくるかもしれないのに。
「じゃあリュウは、皆がちゃんと隠れてるか確認してきてくれるか?俺あと20数えるから」
ショウがニシシと八重歯を見せながら笑った。
その時、オレは彼がなぜこんなことを始めたのか、遅まきながら理解した。
「……わかった」
流石、子どもたちの扱いは慣れてる。
ショウの再カウントダウンが始まる前に、オレは皆が隠れた部屋へ走った。
ーーー
ショウが数えていた部屋はちょうど中央。そこから枝分かれする部屋の、さらに細い廊下を伝って行った先に、遊び道具をたくさん仕舞ってある部屋がある。そしてそこが子どもたち全員で隠れても余りある隠れ場所であることを、皆が知っている。
「おーい、皆いるかー?いたら顔出すなり手を振るなりしてくれ~」
部屋を覗き込み、そっと呼びかける。
しばらくして、クローゼットの扉から手が2つ出てきた。隣のおもちゃ箱の裏からも、ひょっこりと頭が出てくる。ちらっと本棚の隙間から覗いてくる影も見えた。
そんな調子で皆が思い思いに自分を主張し、オレはそれをひとつひとつ数えて回った。
「よっし、大丈夫そうだな」
「ていうかなんで数えてるんだ?早くリュウも隠れろよ」
「わかってるって。これから探すよ」
ぬいぐるみに紛れているファイに軽く返事をしつつも、その足はまた、ショウのいる部屋へ向かう。
部屋に入ったとき、ショウは丁度20を告げた。
パッと振り返ってこちらをみる彼の顔は、相変わらずの笑顔。
「皆ちゃんといた。あっちは大丈夫だと思う。だから、」
エンも呼んで、皆で奥に隠れよう。
そう言いかけたオレの言葉は、荒々しく叩かれるドアの音に中断された。
「……もう来たのか……」
ショウの顔から笑顔が消える。
程無くしてドアの音が止み、人の話し声が聞こえ始めた。
ショウは不安な心を見透かすようにオレの頭を撫で、そのまま入り口の方へ向かう。
「ショウ!!」
「大丈夫、エンの様子見てくるだけだから。リュウはあいつらが出てこないように、見張っておいてくれ」
ニカッと笑ってみせるが、それが無理やり作られているのは一目瞭然だった。
「……あいつらは見つけられなかったら夕飯過ぎても出てこないってこと、1番知ってるのはショウじゃないか」
ショウが部屋を去った後、オレも後を追った。
ーーー
「居るやつら全員呼んできてもらおうか」
「……今ここにいるのは僕らだけです」
入り口では予想通り、エンが相手をしていた。相手は、軽装の大人2人。兵士って言うから甲冑ガチガチの姿を想像していたけど、案外そうでも無いらしい。
「エン、このオッサンたち誰?」
「せめておじさんって言ってあげて?」
ショウは臆することなくエンの横に立つと、いつも通りの調子で話しかける。エンもいつも通り、笑いながらツッコミを入れる。オレは出るタイミングを失い、ひとまず手前の棚の後ろで待機する。
「本日よりこの国はハーツ様が治める。その了承を得に今各家を回っているのだ」
オッサンの1人がショウに説明した。喋り方が妙に古風だけど、これが兵士の敬語的なやつなのだろうか。
「ふぅん。ご丁寧にどうも」
「僕ら、今までの王様の援助でここを運営してきたんですけど、新しい王様も、ここの運営は手伝ってくれるんですか?」
エンは説明してくれた方のオッサンへ質問を投げる。
「それは我々の判断では言えない。決めるのはハーツ様だ」
「……じゃあ、この施設が無くなる可能性もあるんですね」
いつも穏やかなエンの声音が、スッと冷たくなった。
「……そんときはどうなるんだ?俺ら」
「分からん。こちらの知ったことか」
ショウの追随に、兵士は少し苛立ちながら返す。ショウの声音からも、いつもの砕けた雰囲気が消えた。
「……新しい王様に会わせてください。直接お話します」
「それはダメだ。今ハーツ様は忙しい」
「じゃあここの運営ちゃんと王様から引き継いでやってくれるって約束してくれ。それなら俺らは文句言わねぇよ」
2人の雰囲気に気圧され、兵士が半歩下がった。この調子なら、追い出せるか……?
と、思った束の間。
もう1人の兵士がずいっと2人に近寄った。
「このままじゃ埒が明かん。こいつらも捕らえろ」
「な……っ!!」
そう命令がかかるや否や、どこに隠れていたのか兵士がわらわらと出てきて、あっという間に、エンとショウは手を後ろで縛られてしまった。そしてそのまま、外に連れ出される。どこに連れていくつもりなんだ?まさか、殺される……!?
「ま、待って!!」
オレは思わず棚から飛び出した。兵士たちとエン、ショウ、皆の注目が集まる。
……やってしまった。
今「孤児院の子供」が出てきたら、流れでこちらに来てしまう。代表のエンたちがこの態度なのだ。中の子供も連れて行けば孤児院の心配はしなくていいなどと言って、捕まえてしまうかもしれないのに。せっかく、エンたちが追い出してくれていたのに!
「兄ちゃんたちを……どこに連れていくの、おじさん」
とりあえず、精一杯純粋な子供のフリをする。奥ではキョトンとしているエンと、ちょっとにやけそうなショウが見える。いや、笑うなよ。オレだって恥ずかしいんだぞ。
「……坊主、ここの子か?」
「う、うん」
「今、ここに何人いる?」
「え……っと、オレ、兄ちゃんたちと留守番してたんだ。だからオレ1人」
まずは他のやつらに意識を向けないように。次は、エンたちを連れていかないように、上手く説得を……
「そうか、じゃあお前も連れていけば問題ないな」
「えっ!?」
「他のやつらもすぐ兵が見つけるだろう。まとめてぶち込めばいい」
そう言って兵士はオレの手を縛り上げた。抗議をしようと暴れるショウの口も布で縛り、完全にお手上げ状態となった。いつの間にか古風な喋りも抜けている。きっと、こっちが彼らの「素」なのだろう。
「連れていけ!!」
こうして、オレたちは帝国直属強制収容所へと連れてこられたのだった。
ーーー
「……にしても、今の王様って、どうやってここ作ったんだろうな?」
城の横の土を掘り返しながら、ショウが呟く。この収容所は山頂の城の地下に位置しており、恐らく海抜近くの深さまで牢獄が広がっている。こんな大掛かりな施設を国民に気付かれずに作ってから攻めてきたのだとすれば、かなり手強い相手だ。
「どうやって……ん~、山の向こう側からトンネル掘って、そこから広げたとか?」
オレは掘り返された土を隣の盛土まで運ぶ。
王国は山のなだらかな斜面をいくつかの台地に切り分けて建てられた国だ。反対側は急斜面になっており、その先には隣国がある。新しい王は隣国出身と聞いているので、この仮説も有り得るといえば有り得るかもしれない。
「そうか~。このまま王国のどっかに穴を通したらさ、こう……空間ができたせいで王国がぺしゃんってなるかもしれないってことだよな?」
「はは。ちょっとした平野になるかもな」
こうしていつも通りの会話をしながらも、手は休むことなく土を掘り返し、運び出す。この土地もかつては四季折々の花が咲き乱れ、石畳を伝って歩けばパーティーが開けそうな中庭へ繋がる、国民のため常に開放されていた綺麗な庭園だった。今では周りに高い檻が設置され、奥にある中庭へ続く石畳は崩され、花壇の花は根こそぎ掘り返され……と、見る影もなくなっている。というか、指示に従いオレたちが壊していってる。地下の収容所を、いずれは地上まで拡大するつもりなのだろうか。
「……あいつら、無事かなぁ」
ふと思い立ったように手を止め、ショウは檻の向こうを見ながら呟いた。元々国を一望出来る庭園として作られていたので、段になっている土地、その向こうの海までが一度に見渡せる。
「……ここに来てないってことは、きっと無事だよ」
オレも手を止め、ショウと同じように檻の向こうを眺めた。
「……なぁ、リュウ」
ショウが、オレがギリギリ聞き取れる声で名前を呼んだ。
「ん?なに、ショウ」
「俺、今夜、脱獄するんだ」
「へぇ~今夜だつ……今夜ァ!?モガッ!」
「声がでけぇよ!!てか突っ込むとこそっち!?」
思わず大声を出すオレの口を、ショウは思い切り手で塞ぐ。
「……ぷはっ。いや、脱獄するのは分かるけど、まさか今夜だとは思わなくて……」
ヒソヒソと、言い訳をする。
「でも、勝算はあるの?」
「そこはエンがなんとかしてくれるさ」
「え?」
なんでエンが?
そう問うと、ショウはニカッと笑った。
「倒れたフリして、ずっと兵の動きとか調べてたんだよ。あいつ」
「え!?そんなの聞いてないんだけど」
「そりゃ言ってないからな!」
ショウによると、エンはこの三日間で、昼間の兵の動きや配置場所、更にはこの収容所の抜け道までを把握したらしい。だから今夜、まずエンとショウが外へ出る。オレは中で待機して、今度エンたちが呼んだ国中の人たちでこの城に攻め込み、オレを含む捕虜の人たちと一緒に脱獄する。
これが、エンとショウがこの2週間考えた計画らしい。
確かに、ここの人たちだけで抜け出すのは難しいけど、国の皆で攻めれば、現実性は格段に増す。
「それに、誰か分からないけど、ここの皆を連れ出そうと率先して動いてる人がいるらしいんだ!」
そう話すショウの顔はとても嬉しそうだった。ユウの手作りクッキーをもらった時のような、そんな顔。
「味方はちゃんと外にいる。俺たちは見捨てられてないんだよ。だから、大丈夫だ」
頼もしい言葉でまとめると、ショウはそのまま作業に戻る。オレも、兵に何か言われる前に再開するか……
「……あれ?それでオレは残って何すればいいの?」
「リュウはいつも通り、過ごしてくれ!」
3人のうちオレだけ残したからには相応の作戦があるのだろうと思ったのだが、作戦は至ってシンプルだった。
「いつも通り?」
「ああ。ここに残ってる俺たちも帝国になんて屈しないぞ!って意志を見せつけてやるんだ」
帝国とっては、今オレらを解放しようと活動している人の存在自体が目障りなものらしい。だから、内部からもその動きを作って、自分たちの意志を帝国に示す必要があるとショウは言う。
「それにあの兵士たち結構怒りっぽいだろ?だからこっちで生意気に反抗してたらカッとなって何かうっかり情報こぼすかもしれない。それをリュウから俺たちに教えてほしいんだ」
「伝えるって……どうやって?」
「そこは後で考える!」
突然のノープランにオレは思わずズッコケる。
「まあ鳥に運んでもらうとか何か考えとくよ。もしかしたら外の協力者が何か持ってるかもしれないし。伝書鳩とか」
「そんな都合よく持ってるかなぁ~……」
「こらこらネガティブになっちゃダメだぞ~。明るく行こうぜ~~」
オレはされるがままに頬をぐりぐりされた。ちょっと砂でスベスベする。こういう時でも、ショウは場を和ませれるんだよなぁ。
「……たとえどんなに苦しくても、屈したらダメだぞ。お前らなんかに従うかよって感じで、いつも通り、生意気に笑って生き延びてやろうぜ!」
そう言って頬に添えていた手をオレの頭に持っていき、ぽんぽんと叩きながらショウは笑った。
ーーー
……その夜は、地獄だった。
響く怒号、甲冑の音、悲鳴、金属のこすれる嫌な音。
オレと残された皆は眠ることも出来ずその音に怯え、堪え、ただただ2人の無事を願う。
しばらくして音が止み、いつもと違う時間に兵が来た。
「ねぇ、さっきの音はなに?」
知らないふりをして兵士に聞く。眠そうな兵士の返答はとてもシンプルだった。
「脱獄者だ。もうハーツ様に引き渡したけどな」
そして兵士はオレたちの脚に枷を付けた。もう逃げる奴が出ないようにと。
右脚の鉄球を見た時、オレたちは静かに悟った。この国には勝てないんだと。
エンもショウも、もういないのだと。
枷を付け終わると兵士はすぐに去っていった。1人で過ごすには広すぎる牢の中でオレは、眠ることも出来ずぼんやりと窓から見える空を眺めていた。この牢は地下一階なので、天井近くに窓のような隙間が空いている。外からは見たことないけど、多分地上から見たら足元にある隙間だ。空は既に蒼く、夜明けが近いことを告げていた。
「ん?」
窓に小さな影が現れる。影はそのまま牢の中にパタパタと羽ばたきながらやってきて、オレの腕の中に収まった。
「鳥……?って、ロイ!?」
静かな牢にオレの間抜けな声が響く。小さな来訪者は、ユウが飼っている翠の鳥、ロイだった。何故か脚には紙が括りつけられている。読め、と言うようにロイはその脚をたしたしと蹴りつけるので、オレは一旦ロイを床に下ろし、脚から手紙を外し、広げた。そこには見慣れた文体で短い文章が綴られていた。
──いずれ、アナタ達を奪いに参上します。よければお手伝いしてください。
怪盗A
「怪盗Aって……!」
懐かしい単語を見て、鼓動が早くなる。怪盗Aは昔オレとユウが森で話していた架空の物語の主人公だ。
貴族に奪われて困っている人のものだけを奪い返す、正義の盗賊。月夜の街を駆け回り、難癖つけられ無理やり奪われた金品を取り返したり、召使いにさせられた人を連れ出したりと、決して正体は見せずに暗躍する義賊。
この物語を知っているのは、オレとユウだけ。
じゃあ、ショウが言ってた「外の協力者」は、ユウのことだったのか!
ロイが不思議そうにこちらを見つめるのも気にせず、オレは手紙をぎゅっと握りしめた。
きっと万が一帝国に見られても気付かれないよう、彼女はこの名を名乗ることにしたのだろう。エンとショウはもういないけど、オレは1人じゃない。ちゃんと縁は繋がっている。……きっと大丈夫だ。
オレはこちらの様子を伝えるべく、届いた紙の裏に、部屋に落ちてた木炭をこすりつけ返事を書いた。この国の言葉はまだそんなに書けないので、分かる単語で精一杯の文を綴る。
──Let's get it back! (奪い返そう!)
琉璃色になった空に、朝を告げる鐘が鳴り響いた。